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2018.09.02 Sunday

観光客なんか迷惑だ!

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    田舎の町でせっかく静かに暮らしているのに、急に観光客が来るようになって町がうるさくなった。

     

    観光客なんか迷惑だから来ないでほしい。

     

    実際にいすみ鉄道沿線で言われた話です。

    でも、いすみ鉄道沿線だけじゃなくて、田舎の町はどこでもあるのではないでしょうか。こういう感情論。

    田舎の町だけじゃなくて、都会にだってあると思います。

    私がいすみ鉄道社長時代に面と向かってこう言われたとき、私は、同感だったんです。

    「そうだよなあ。自分の町に観光客が来るなんて。」と。

     

    私の友人で東京の下町出身の人がいます。

    とても優秀なエンジニアなんですが、もうずっと昔のことですが、彼が同じことを言ってました。

    「俺の町に急に観光客が来るようになって、俺んちを写真に撮ってたんだよね。『来るな!』って怒鳴ってやったことがある。」って。

     

    実は古くて汚い昭和の長屋が彼の子供のころ住んでいた家だったんです。

    昭和の時代は都内のあちらこちらにそういう長屋があって、みんな貧乏でしたから、そういうところに寄り添うように助け合って住んでいたんです。

    いわゆる「ちょっとお醤油貸して。」と言って、隣の人が平気で入ってくるような、そういう長屋です。

    もちろん私の家もそういうところでしたし、東京とは言っても地域全体がそういう地域だったのです。

    ところが、ある時、そこで映画のロケが行われました。

    おそらく、映画監督さんの目に留まったんでしょうね。

    よそ者の目で見たら、ここで映画を撮りたいという気持ちにさせるような、そういう地域だったのでしょう。

    そして、その映画が大ヒットしたんです。

    その映画の名は「昭和枯れすすき」

    映画だけじゃなくて、主題曲も大ヒットしました。

    たぶん50代以上の人ならだれでも知っているような、それほどヒットした昭和の名作です。

     

    すると、彼の住んでいる長屋の周囲に、好奇の目をしたよそ者たちがどんどんやってくるようになりました。そして、カメラを構えて写真を撮り始める。それが彼には耐えられなかったんですね。

     

    自分は、こんな貧乏な暮らしをしている。

    好き好んでこんなところに住んでいるわけじゃない。

    ところが、その地域に観光客が入り込んできて、パシャパシャと写真を撮っているんだから、たまったもんじゃありませんよね。

    例えば、古びた表札や、崩れ落ちそうな縁側。ホーロー看板がかかった電信柱など、木造長屋の地域ですからそういうのがたくさんあるわけで、やってきたよそ者の目で見たら「ああ、ここが映画に出てきたところだ。」となるわけですが、実際にそこに住んで、健康で文化的な最低限度の生活をしている人から見たら、「おい、見世物じゃないんだ。帰れ帰れ!」となるのです。

     

    昨今、インスタ映えなどという言葉があって、昭和の木造建築や裸電球の街路灯なんてものがあったら、それだけで皆さんわざわざ写真を撮りに来てくれるようになりました。行政だって、フィルムコミッションなどというものを組織して、自分たちの町で撮影をしてもらいたいということで大々的に宣伝をしている。40年以上前の昭和の時代とは大きく考え方も変わってきていますが、例えば行政がフィルムコミッションを作って、映画やドラマ、CMを撮ってもらおうと地域の宣伝をするとします。でも、実際にはどうかと言うと、そんなに簡単ではありません。撮影隊はロケハンには来てくれるんですが、例えばいすみ市の場合、きれいな海岸線や太東崎灯台からの景色、広々とした田園風景や青空、名所旧跡などを一生懸命見てもらおうとするんだけど、撮影隊が目を付けるのはそういうところではなくて、まったく別の、廃屋になりそうな神社の境内や警報機も遮断機もないローカル線の踏切だったりするわけで、つまり、本来自分たちが誇りに思ったり自慢にしているものには興味がなくて、あまり見られたくないような、どちらかと言うと恥ずかしくて見せたくないようなところに目が行くのです。

    簡単に言うと、これって顧客心理が理解できていないということで、撮影に来る都会の人がお客様ですから、お客様が何を求めてくるのかがわからないのですが、わからないだけならまだしも、見られたくないような、見せたくないような、本当は恥ずかしいと思っているようなところを写真に撮られ、UPされて、全国的に有名になっちゃうなんてことが、今の時代は日常茶飯事なのです。

     

    例えば国吉駅前にあるタクシーの事務所。

    あの建物は最高です。昭和のローカル線の駅前にある建物としてはしっくりくる存在で、実に景色になじんでいる。

    Nゲージの街並みシリーズのストラクチャーのモデルになるような建物です。

    でも、地元の人はあんな古いものはいやだと思っているかもしれないし、実際に駅を降りたところにあるべきなのは、どこに出しても恥ずかしくないような近代的な建物だと思っているわけですから、ここに意識のギャップが存在するのです。

     

    だから、不本意なんですね。

    自分たちが古くて恥ずかしいと思っている、そういうものを部外者が来てパチパチ写真を撮っているのですから。

    それが私が地元の人から言われた、「観光客なんか迷惑だ。来てほしくない。」ということなのです。

     

    良くわかるんですよ。その気持ちが。

    私も子供のころ自分が住んでいた家に観光客がやって来てカメラを向けられたら、厭だもんなあ。

     

    でも、次の課題があるんです。

     

    じゃあ、田舎の町はどうしていくのですか?

    という課題です。

     

    もともと田舎の行政は自主財源率が低い。

    自分の地域の税収だけでは行政を維持していくことができませんから、それを補うために国から地方交付税という名目のお金を入れてもらっています。

    いすみ鉄道沿線地域も自主財源率が0.3とか0.4の間ぐらいですから、行政を維持していくために100円の支出が必要なのに、自分たちの地域では30円から40円ぐらいしか稼げていない。その不足する残りの部分を国からの交付金などで補っているのですが、その交付金というのは、人口一人当たりいくらという金額で入ってくるというシステムです。詳しいことはわかりませんが、おおよそ人口一人に対して年間20万円ぐらい入ってくる。人口1万人の町であれば20億円ぐらいになるのでしょうか。これが地方が何とか人口を増やしたい、あるいは人口の流出を食い止めたいと考えてる大きな理由です。ところが、国としてはいつまでもそんなお金を払い続けることができないと言いだしているし、地域としては人口が減っていますからただでさえもらえる金額が少なくなっていくわけで、簡単に言うと、現状では将来は暗いということなのです。

    ではどうしましょうか? というところで、今さかんに言われているのが「観光」なんですね。

    それも、稼ぐ観光。

    観光客に来ていただくことで、自分たちの地域できっちり稼ぎましょう。というのが、日本版DMOと呼ばれる稼ぐ観光であり、これができれば、持続可能なシステムづくりになって、将来の税収不足に対応できますよ、というのが考え方なんです。

     

    だから、「観光客なんか来るな。」というのは気持ちはよくわかるんですが、「だったら、どうしますか?」という裏付けがしっかりしたものがないと、「田舎の人間の、単なるわがまま」になっちゃうんですね。

     

    海外に行くと、かつて貧民屈だったようなところが、わずかの期間ですっかりあか抜けて観光地になっているところもたくさんあります。東京でも月島地区の昭和の長屋が今では名所になっている。そうすることで、しっかり稼いでいくことをしていかないと、いずれ忘れ去られて消え去る運命にある。それが今の日本の田舎の町なのです。

     

    まあ、おじいさん、おばあさんにとってみたら、今はなにも不自由していないし、自分たちが生きている間の生活は困らないでしょう。だけど、子や孫の時代まで、自分たちの町を何とかしましょうという点では、「観光客なんか迷惑だ。」と言っているだけでは責任が果たせない。今の時代はそこまで考えなければならないというのが、地域住民に求められていうということなのです。

    じゃなければ、どうなるかというと、子供たちや孫たちは、やがてその地域を捨てて出て行ってしまいますから、その町自体が無くなるということなのです。

    なぜなら、日本は急速に人口が減るのですからね。

     

    さて、昭和枯れすすきの貧乏長屋に住んでいた私の友人は、「こんなところは恥ずかしい。」と思っていたわけですから、一生懸命勉強して大学を卒業して、飛行機のエンジニアになりました。今は、そろそろ定年を迎える年齢ですが、立派な家に住んで子供も海外留学させましたし、きちんとした生活をしています。私も自分の家も地域も恥ずかしかったですから、できるだけ早い時期に家を出て、地域も出て、やっぱり一生懸命勉強して、一生懸命仕事もやってきました。ある意味、貧乏だったことが原動力となっているわけですが、それは昭和の少年たちが過ごしてきた時代背景であり、考え方なのです。

    でも、今の時代、これからの時代は、「今あるものをどうやって活用するか。」が求められる時代ですから、地域の皆様はもっとしたたかになって、都会人が求めるものをどんどん提供して、お金を稼いで、チャンスをものにしていただきたいと考えています。

     

    とにかく、昭和の時代とは環境も考え方も違うのですからね。

     

    ということで、 「昭和枯れすすき」 をどうぞ。

     

    あとはDVDを買ってくださいね。(笑)

     

     

    昭和62年の国吉駅。今もこの雰囲気をよく残していますね。

     

    こちらは昭和43年の国吉駅前。

    今残っていたら使えたでしょう。

    最近の観光というのは、そういうところでも十分勝負できるのです。

     

    だから、もったいないのよね。

     

    何もしないで、このまま朽ち果てていくばかりなのは、あまりにももったいない。

    気づいていないかもしれませんが、今の時代は何もしないことに対する罪が問われるのです。

    なぜなら、観光資源ですからね。

    観光資源というのは、地域の財産であるというばかりではなくて、国民の財産だからです。

    単なる会社の所有物であるだけではありませんから、何もしないこと、あるいは何も決断しないことに対する責任を世に問う時期に来ていると私は考えます。

     

    行くぞ〜!

     

    コメント
    私は1942年生まれ、父は戦病死、母と6人兄弟で戦後、人に指さされることなく生きてきましたので、貴台様の意見には全く同感です。むさくるしいものを人様に見せるものではない、自分や親族を自慢するものではない、みっともないことをするな、死んだ父親に恥ずかしくないか!etc 庶民と言えども矜持がありました。観光観光といいますが、日本はスペイン化するべきでない。経済がしっかりしていて他国の見本となるものを外人にしろしめるのはいいが、観光を生業にすることは人を卑しくします。では、どうするか! 私は一村一品運動を奨励したい。

    • 北川忠武
    • 2018.09.04 Tuesday 18:02
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