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2018.11.08 Thursday

田舎の銀座の物語

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    私が育った街には「銀座」がありました。

     

    もちろん本当の銀座ではありません。

    日本全国には数えきれないほど「○○銀座」というのがありますが、その一つです。

     

    銀座というのはいつのころからか「賑やかな場所」「繁華街」という言葉の代名詞として使われるようになって、田舎の町でもその地域で一番賑やかなところを銀座と名付けるようになったのだと思います。

    私の育った街は都内でしたから、今でも「銀座」の名前にふさわしい賑わいがありますが、本家の銀座の賑わいには遠く及びません。

    そりゃそうですよね、なにしろ本家の銀座は東京のど真ん中。日本人と同じぐらいたくさんの外人が闊歩する町ですからね。

    昔は浅草も大賑わいでしたが、一時期衰退した時代がありました。もし、浅草が衰退していなかったら、今頃は日本全国の町に「○○浅草」というところがあったかもしれませんね。

    私は個人的には銀座より浅草に親しみを感じますので、その方がうれしかったかもしれませんが。

     

    ところで、日本全国に銀座がありますが、日本全国の銀座の人たちは、東京の銀座をどう思っているのでしょうか。

    「東京にも銀座ってところがあるけれど、俺たちの町の銀座が実は本当の銀座なんだ。」

    当たり前ですけど、そんなことを考えているところはないでしょうね。

    どうしてだと思いますか?

    それは、本家の銀座が、誰がどう考えても本家であると認めるほど賑やかだからです。

    そして、東京の銀座にかなう銀座はどこにも無いからです。

     

    つまり、本家であるからには、きちんと本家であるということを、誰が見てもわかりやすい状態で維持していなければならないと私は思います。

     

    今から40年近く前の話ですが、私は飛行機の操縦訓練を受けていた時代がありました。日本でも飛びましたが、実際に試験を受けたのはアメリカのカリフォルニアでした。訓練費が安いのはもちろんですが、私は本場で学びたいと考えていたからです。

    飛行機の本場は何と言ってもアメリカです。飛んでいる飛行機の数は日本はアメリカの足元にも及びませんし、環境も全然違うのです。だから私は勉強をするならアメリカだと考えて、結構な日々をアメリカで過ごしました。

    ところが、そのころ日本のパイロットたちが口をそろえて言っていたのは、「アメリカで訓練を受けた人間は信用できない。」「アメリカなら誰だって免許が取れる。」と言うことでした。

     

    私の教官だった人はお父さんが日本軍のパイロットで、自分もそういうお父さんを目指して日本で厳しい訓練を受けてパイロットになりました。昔の映画で裕次郎が軽飛行機を操縦するシーンがありましたが、その映画の撮影中実際に飛行機を操縦してアクロバティックなシーンを撮ったのですが、操縦していたのは裕次郎ではなくて私の教官でした。藤沢に飛行場があった頃の話です。

    そんな彼が、その後、アメリカでも飛行機を操縦するようになって、私にこう言いました。

    「鳥塚、日本よりアメリカの方がずっと難しいぞ。」って。

     

    面白いことがありました。

    アメリカで免許を取った後、帰国して日本の免許に書き替えるんですが、その時に「Limitation」という自動車免許で言ったら「免許の限定条件」という欄がありまして、眼鏡等とか書かれるあの部分ですが、そこに日本人パイロットの多くは「Language Problem」と記入されることがあるそうで、つまりは「語学の問題がある」と言うことなのですが、当時、限定条件が付いた免許は日本の航空局が書き替えてくれないと言われていました。

    おかしいですよね。だって日本で免許を取得した人の多くが、アメリカへ行ったら英語でトラブって限定条件が付くんですから、アメリカの免許で限定条件が付くのと同じじゃないですか。

    ところが、アメリカで免許を取得して限定条件が付くと書き替えてくれない。

     

    「おかしな話ですね。」と私が言うと、教官はニヤリと笑って、「それはなあ、日本の連中は自分たちが銀座だと思ってるからだよ。」と言うのです。

     

    「えっ?」と私が不思議そうな顔をすると、

    「だってそうだろう。飛行機の世界ではアメリカが本場なんだ。こちらが本当の銀座なんだよ。よく、田舎へ行くと○○銀座ってところがあるだろう。ああいう所の商店街の連中が、『東京の銀座? 何言ってるんだ、俺たちのところが本当の銀座に決まってるじゃないか。』と言ってたら笑っちゃうだろう。日本のパイロットはその田舎の銀座の連中なんだよ。」

    それが教官の論理でした。

     

    当時の日本の空は、今もそうですが、車社会で言えば路線バスしか走っていないようなもので、タクシーも自家用車も自転車もほとんど走っていない、そういう状況が日本の空の現状でしたが、アメリカはタクシーも自家用車も宅急便のデリバリーも走っているような、そういう空の状態でしたから、当然賑やかなのはアメリカだし、いろいろ工夫しているのもアメリカでした。

    日本のパイロットは英語が下手で、アメリカの管制では相手にされていませんでしたから、例えば日本の航空会社の飛行機が降りてくると、管制官は他の飛行機との間隔をより大きく開けるようなことをしていました。まさしく田舎のバスの運転士さんが首都高に入ってきておろおろするようなものですね。そういうシーンを目の当たりに見て、教官は「田舎の〇○銀座の連中が本場に来ておろおろしている」と言われたのです。

     

    先日、BCPと言うお話をさせていただきましたが、社会に広く公的なサービスを提供することが使命の企業には、世界的常識で言えば当然BCPが備わっているものですが、日本で一番大きな鉄道会社にはそのBCPがありませんでした。計画運休というからには、状況が悪化していく段階をフェーズに分けて、ここで減便、ここで運休、ここで運転再開準備、ここで運転再開30%、ここで50%、ここで完全復旧というようなフェーズごとの手順が定まっているのが「計画運休」でありますが、彼らが言う「計画運休」というのは、前もって運休しますとアナウンスするから計画運休だというだけで、運転再開の手順がきちんと定まっていなかった。今後はもっと詳細にSNSで情報発信しますというような問題ではないのです。これが「計画運休」の後の大混乱を招いた元凶ですが、私が考えるに今や世界的常識のBCPを彼らが知らないはずはないのです。知っていたのにやらなかったのだと思います。その理由は、自分たちのやり方を通したいからでしょう。「俺たちにはこのやり方がある。」と言って、似て非なる緊急時の業務計画と言うオリジナルを作っていたのです。ところがそれが実にお粗末で、見るに堪えないような体たらくというのが翌日の大混乱です。だったら素直に最初からBCPを作ればよいだけの話なんですね。

    ところがそうしないのは自分たちが世界の鉄道のTOPに君臨しているとでも考えているのでしょう。

    そして、そういう考え方が、田舎の銀座の商店会の役員会的発想なのです。

     

    自分たちが一番素晴らしいと考えているガラパゴス的スーパードメスティックカンパニーの発想です。

    鉄道はアメリカにもフランスにもイギリスにもドイツにもある。どこの国でも150年以上いろいろ工夫してやっているのですが、日本はそういうことを知ろうとしていないような気がします。

    業界の展示会へ行って、多少評価されたぐらいで、自分たちが本場の銀座だと思ってしまうところが、世界から見たら滑稽で哀れに映るということを少し考えた方が良いのではないでしょうか。

     

    例えば日本が本場の新幹線ですが、世界的に見たら新幹線と言えば今や中国が本場というのが世界の潮流です。

    日本人なら誰だって新幹線は日本の技術だと思いますが、世界から見たら新幹線と言ったら中国だという時代です。

    東北新幹線が昭和50年代に盛岡まで開通して、その後何年かかって函館まで行きましたか?

    35年を要しているのです。ところがその35年の間に中国ではゼロだった新幹線が1万キロ以上の路線規模になっている。

    日本は50年以上かかってやっと3000キロ行くか行かないかですから。

    中国は技術的にはまだまだな部分はあるかもしれませんが、克服するのは時間の問題でしょう。

    日本人はこういう話は嫌がるでしょうけど、世界から見たら今や新幹線と言えば中国なんです。

    日本の新幹線だって、昭和39年に東海道新幹線ができてから半世紀以上になるのですから、長崎や鳥取や四国や羽越や常磐や北海道の果てまで、あちらこちらに新幹線網が張り巡らされていて、日本に来たら新幹線で全部移動で来て、提供されるサービスも素晴らしいものであるなら「我々は新幹線の国だ。」と言えるかもしれませんが、用地買収やお金や、いろいろな大人の事情で計画した新幹線が何十年経ってもできていないわけですから、そんな国が「新幹線と言えば日本です。」なんてことはいくら言っても信じてもらえないということを、国民も含めて理解していないから、そういう所が田舎だと思うのです。

     

    これは本家の銀座がすっかり廃れてしまって、田舎の銀座が今や隆盛を極めている状況です。

     

    いくら声を大にして、「俺たちの銀座が本当の銀座だ。」と言ったところで、世界からはすでに相手にされなくなりつつある。

    これが、今の日本なんでしょうね。

     

    だから、日本で一番大きな鉄道会社がBCPすらない。

     

    そういうことは誰かが教えてあげないと、ガラパゴス的スーパードメスティックカンパニーの人たちは、多分わからないのです。

    いや、わかってはいるのでしょうけど、素直にわかりましたって言えないんですね。

    スーパードメスティックカンパニーというのは、そういう組織のことを言うのですから。

     

    お客さんも皆さんスーパードメスティックな方々ばかりならばよいのですが、実際には数千万人もの外国人も乗られているわけですから、やはり、そのうち通用しなくなるのが「田舎の銀座」的発想の行く末だと、私は感じます。

    実は、昔は本当の銀座だったんでしょうけど、ふたを開けてみたら廃れた浅草状態と言うのが。本当のところでしょうね。

     

    でも、浅草だって素直になって原点に帰れば、今では銀座をしのぐほどの賑わいですから、要は気付いて行動するかどうかだけの問題なんですけどね。

     

    と言うことで、私は私鉄沿線に居住しております。

    スーパードメスティックカンパニーに左右されるような沿線は、今後土地の値段が下がると見込んでいるからです。

     

    そんなこと言ったって、お前のところの電車だって、この間さんざんな体たらくだったじゃないか。

     

    そうおっしゃられるかもしれませんが、あれほどまでに大きな塩害が発生したのは今までにありませんでしたから、つまりは未知との遭遇だったわけで、こういう経験をどうやって次へ活かしていくか。大切なのはそういう所だと思います。

     

    たとえ塩害で電車が走らなかったとしても、次にはきちん対応してくれる会社だと信じておりますものですから。

    だって、私のお気に入りの私鉄は日本で一番外人が乗っている路線をオペレーションしている会社ですからね。
    と、今夜のひとり言でした。
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