2018.11.13 Tuesday

人手不足は売り手市場

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    世の中人手不足が深刻化していると言われています。

     

    人口が減っていく中で、その仕事に従事する人がいなくなる。だから、外国人を労働者として迎え入れようという話も出てきているようです。

    私はやめておいたほうが良いような気がします。

    外国人を労働者として迎え入れることは、戦後の西ドイツがトルコ人労働者を迎え入れたことに端を発して、今でも尾を引いているからです。

     

    戦後、西ドイツではドイツ人の働き手がいない炭鉱労働などにトルコ人労働者を入れました。ところが、ドイツ人はトルコ人の労働力だけが欲しかったのに、実際にはトルコ人は労働期間が終わっても帰国せずにそのままドイツに居座り続けました。

    これがドイツにおけるトルコ人労働者の問題として、外国人労働者の単純労働の輸入は危険であると言われている原点です。

    なぜなら、本来なぜ外国人が出稼ぎに来るかというと、自分の国では食べていくことができないから出稼ぎに来るのであり、ということはそこに人の生活があるわけですから家族を含めた一族郎党が皆移住してくるということになるのです。労働というのは、生活ですから、当然そういうことになるでしょう。ところが、ドイツ人としてはトルコ人の労働力は欲しいけど移民はしてほしくない。つまりいいとこどりをしようと考えたわけです。

     

    でも、そうはいきませんでした。なぜなら、ドイツで労働力が不足しているということは、ドイツ人がトルコ人から労働力を買いたいということですから、トルコ人側の売り手市場になるわけで、つまり売る側の方が強くなっていくのですから、結局自分たちの国に居座られることになって、今のドイツ国内にも、この戦後のトルコ人労働者の受け入れが様々な問題として尾を引いているのです。

     

    さて、日本はどうかというと、もちろんそういうことはすでに承知していて、そうならないために偉い人たちが様々な策を練っているわけですが、外国人労働者の問題ばかりでなく、日本人労働者の中でも人手不足の影響が良くないところに出てきているのではないかと私は考えます。

     

    例えばバスの運転士さん。

    昨今人手不足でバスの運転士さんが足りないと言われています。

    何もこの現象は今に始まったわけではなく、10年ほど前に私がいすみ鉄道で「自社養成列車乗務員訓練生」なるものを考えていた時に、運輸業界ではすでに言われていました。

    その後、大きなバスの事故が相次ぎましたが、乗務員が中国人の移民だったり、高齢者であったり、バスの運転に不慣れな即席運転士であったりと、どの事故もドライバーが原因となっているものがほとんどでした。

     

    こういうことはつまりは人手不足によるもので、ではなぜ人手不足かというと、誰もバスの運転士になろうとしなくなったからなんですが、そうなるとどうなるか。つまり労働力の売り手市場化が発生するわけです。

     

    会社は運転士のなり手を一生懸命かき集めようとする。

    そうすると、売り手市場ですからつまりは質の低下が発生する。

    買う側よりも売る側に選択権がありますから、気に入らなければ辞めて他へ行けばよいわけで、なかなか労働力が定着しない。

    労働力が定着しないということは、熟練者がいなくなるということで、安全運行のためのスキルの蓄積もままならなくなる。

    こういうことが、今、バス業界では起こっているのではないでしょうか。

     

    先日、高速バスのドライバーが乗務中に指導教官とけんかをしてパーキングエリアにバスを止めて乗務を放棄した事件が発生しました。路線バスでの乗客と運転士とのいざこざやトラブルも後を絶ちません。中には市営バスの運転士の息が酒臭かったなどという話もネットに流れています。もちろんまじめに乗務を遂行している運転士さんがほとんどで、こういうおかしな運転士さんは極々一部なんでしょうけど、実際に起きていることを考えると、人手不足→売り手市場→商品の質の低下という原理原則に従ってきっちりと歩んでいるのではないかと思わざるを得ません。

     

    バスの運転士さんだけじゃありませんね。飛行機の運転士さんだって過去にない人手不足で、今航空業界では引き抜き合戦が常態化して運転士の取り合いになっています。そういう人手不足が深刻化してくると、つまりは売り手市場になって、品質の低下を招きます。このところ立て続けに赤い会社も青い会社も乗務直前の運転士の呼気からアルコールが検出されて乗務できない事態が発生しました。こういう現象はただ単に「本人がたるんでいる。」ということで片づけられることではないと私は考えます。同時多発的にいろいろなところで発生しているということは、それなりの社会的バックグラウンドがあるということですから、飛行機の運転士さんにもそれなりの事情があるのでしょう。そして、その原因はもしかしたら人手不足にあるのかもしれません。

     

    赤組の運転士さんは外国で警察に逮捕されたみたいですし、青組の運転士さんは会社を辞めちゃったみたいですけど、人手不足の業界ですから、ほとぼりが冷めたころ他の会社で働かせてもらえばよいわけで、1年もしたら平気な顔をしてよその会社で飛行機を運転しているはずですから、そう考えると人手不足から品質の低下を招いている労働力に頼らざるを得ない業界というのも、恐ろしいですよね。

     

    ということで、人手不足ということは、労働力という商品の売り手市場化ということですから、質の低下という事態が発生するということを私たちは忘れてはいけないと思います。

    でも、不景気の時には買い手市場で散々安く買いたたかれて働かされてきた労働力ですから、少しぐらい高く買ってあげないと働く甲斐がないというのも事実でありまして、それができたら楽だけど、経営側としてはそうも言ってられないというのも事実なんでしょうね。つまりは八方ふさがり。

     

    では、どうしましょうかと考える時、私は、賃金はもちろん大きな要素ではありますが、やはり、働くこと、その仕事に対する誇りや使命感というのが大切なのではないかと考えるのであります。

     

    その点、いすみ鉄道の運転士さんたちは立派ですよ。

    給料が安い仕事場ですけど、一生懸命きっちりと良い仕事をしています。

    なぜなら彼らは、「どうしても鉄道の運転士になりたかった」というおじさんたちですから、運転士という仕事に対する誇りと使命感を持って乗務していますからね。

     

    私が社長として申し訳なかったなあと思うのは、彼らにもっと高い給料を支払ってあげることができなかったこと。

    せめて人並みの報酬が払えれば良かったのですが、それができなかったことが悔やまれます。

    それだけ、彼らは一生懸命に働いてくれていましたから。

    もちろん、社長が変わっても彼らの勤務態度が変わるわけではありませんが、つまり、どんなに人手不足だろうが売り手市場だろうが、「自分は何のために働いているのか」「会社は何のために存在しているのか」あるいは「キハは何のために動いているのか」というきちんとした使命感を持って働いていれば、労働力という商品の品質の低下は起こらないのではないか。そんなことを考える今日この頃なのであります。

     

    今度、私がもう少し大きな会社の社長になったら、高い給料で皆さんをお迎えに行きますから、それまで一生懸命頑張ってスキルを磨いてくださいね。

    商品が良い商品であれば、その品質に合った価格をきちんと払わなければならないというのも経済の原理ですからね。

     

    人手不足は売り手市場。

    経営者側はこれとどう上手に付き合っていくかが求められるのであります。

    2018.11.12 Monday

    札幌でのイベントを終えて

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      11月10、11日の2日間、札幌でのイベントに参加してまいりました。

       

      私の友人たちが取り組む 「北海道鉄道観光資源研究会」 の年に一度の大イベントでしたが、天候にも恵まれ、大成功の裡に終了することができました。

       

      http://rail-hokkaido.net/

       

      ご参加いただきました皆様どうもありがとうございました。

      研究会の皆様、本当にお疲れ様でございました。

       

      さて、今回のイベントは2日間で2000人近くの人たちが入場されるという大成功だったわけですが、私がうれしかったのは、何と言っても小さな子供たちがたくさん来てくれて、みんな目を輝かせていたことです。

       

      そのメインとなったのはこのNゲージの運転会。

      ちびっこはもちろんですが、ママさんたちも目を輝かせていました。

      そりゃあそうですよね。だって、やっているおじさんたちが皆さん目が輝いているのですから。

       

      走っている車両は北海道のものばかりでしたが、ということは、北海道の鉄道に皆興味を持ってくれているということで、小さな子供たちが、やがて大きくなって、鉄道に親しみをもってくれたらいいなあと思います。

       

      もちろん電車の運転会ばかりじゃなくて、研究会の会員の皆様方の研究成果である資料展示が実にすばらしく、ご来場のお客様方もじっくりと観察されていて、人数ばかりではなくて、来場者の会場全体の滞留時間が長かったのも成功だったと思います。

       

       

       

       

       

      会場内のパネル展示を皆さんじっくりと読みこまれていました。

      そんな中で私が一番気になったのがこの展示です。

       

       

      東急の創始者である五島慶太氏の言葉です。

       

      「北海道の民間人は政府に頼りすぎている。民間人が発奮し、自ら積極的に観光北海道の完成に取っ組むか、協力するか、どちらかをしなければいつになっても観光北海道は本物にならない。(中略) 誰もやらないから自分がやるのだ。」

       

      これは60年以上前の五島慶太氏の言葉です。

      五島氏は60年も前にしっかりと見抜いていたんです。
      北海道民の弱点を。

       

      だから、これだけ外国人が北海道にあこがれて、北海道を目指して大挙して訪ねてきているのに、自分たちの鉄道すら自分たちで何ともできない、いや、何とかしようとしないという体たらくではありませんか。

       

      定山渓鉄道、いまのじょうてつバスのマークが東急と同じなのは、五島氏が札幌近郊の観光開発に力を注いでいたことを示しています。

      今、ここで北海道民が、自分たちで何とかしようと奮起しなければ、北海道はやがてシュリンクしていくことだけは確かでしょう。

      それも、60年などという長い年月ではなくて、多分10年か15年でしょうね。

       

      そんなことを考えさせられた研究発表でした。

       

      さて、皆さん、これからどうしますか?


      他人事ではありません。

      本州の皆さんにも同じことが問われているんですよ。

      北海道の問題は、そのまま東京や大阪の問題でもあるのです。

       

      「試される大地」ではなくて、本当は「試される内地」なんですから。

       

      2018.11.12 Monday

      札幌のイベントが終了しました。

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        10・11日と行なわれました道庁赤レンガのイベントが終了しました。

         

         

        元若桜鉄道社長の山田さんとのトークも無事に終えることができました。

         

        主催者の皆様、大成功おめでとうございました。

         

        ということで、祝賀会、そして2次会。

         

        さんざん飲んで、AM1時です。

         

        日が変わってしまいました。

         

        皆様お疲れ様でした。

         

        2018.11.10 Saturday

        北海道の鉄道 過去、現在、未来

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          昨日の最終便で札幌に来ました。

           

          大嵐で飛行機が降りられるかどうかと言われましたが、きちんと降りたのが22:05。

          昼間、信号機が倒れたとかで千歳線が大乱れ。

          22:15の快速エアポートが札幌に到着したのが0:15。

          ホテルに入ったら午前1時でしたので、昨日はブログを書けませんでした。

           

          ということで今朝は良いお天気。

          北海道庁赤レンガの旧庁舎で行われた「北海道の鉄道 過去、現在、未来」にゲストとして参加させていただきました。

           

           

          パートナーは前若桜鉄道社長の山田和昭さん。

           

          この写真は難しそうな顔で写っていますが、決して難解な話をしているわけではありません。

           

          ということで、このイベントは明日も行われます。

           

          お近くの皆様はぜひお越しください。

           

          昨日は、由利高原鉄道に関してYAHOOニュースを書いてみましたので、併せてご一読ください。

           

          http://news.yahoo.co.jp/byline/torizukaakira/20181109-00103543/

          2018.11.08 Thursday

          田舎の銀座の物語

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            私が育った街には「銀座」がありました。

             

            もちろん本当の銀座ではありません。

            日本全国には数えきれないほど「○○銀座」というのがありますが、その一つです。

             

            銀座というのはいつのころからか「賑やかな場所」「繁華街」という言葉の代名詞として使われるようになって、田舎の町でもその地域で一番賑やかなところを銀座と名付けるようになったのだと思います。

            私の育った街は都内でしたから、今でも「銀座」の名前にふさわしい賑わいがありますが、本家の銀座の賑わいには遠く及びません。

            そりゃそうですよね、なにしろ本家の銀座は東京のど真ん中。日本人と同じぐらいたくさんの外人が闊歩する町ですからね。

            昔は浅草も大賑わいでしたが、一時期衰退した時代がありました。もし、浅草が衰退していなかったら、今頃は日本全国の町に「○○浅草」というところがあったかもしれませんね。

            私は個人的には銀座より浅草に親しみを感じますので、その方がうれしかったかもしれませんが。

             

            ところで、日本全国に銀座がありますが、日本全国の銀座の人たちは、東京の銀座をどう思っているのでしょうか。

            「東京にも銀座ってところがあるけれど、俺たちの町の銀座が実は本当の銀座なんだ。」

            当たり前ですけど、そんなことを考えているところはないでしょうね。

            どうしてだと思いますか?

            それは、本家の銀座が、誰がどう考えても本家であると認めるほど賑やかだからです。

            そして、東京の銀座にかなう銀座はどこにも無いからです。

             

            つまり、本家であるからには、きちんと本家であるということを、誰が見てもわかりやすい状態で維持していなければならないと私は思います。

             

            今から40年近く前の話ですが、私は飛行機の操縦訓練を受けていた時代がありました。日本でも飛びましたが、実際に試験を受けたのはアメリカのカリフォルニアでした。訓練費が安いのはもちろんですが、私は本場で学びたいと考えていたからです。

            飛行機の本場は何と言ってもアメリカです。飛んでいる飛行機の数は日本はアメリカの足元にも及びませんし、環境も全然違うのです。だから私は勉強をするならアメリカだと考えて、結構な日々をアメリカで過ごしました。

            ところが、そのころ日本のパイロットたちが口をそろえて言っていたのは、「アメリカで訓練を受けた人間は信用できない。」「アメリカなら誰だって免許が取れる。」と言うことでした。

             

            私の教官だった人はお父さんが日本軍のパイロットで、自分もそういうお父さんを目指して日本で厳しい訓練を受けてパイロットになりました。昔の映画で裕次郎が軽飛行機を操縦するシーンがありましたが、その映画の撮影中実際に飛行機を操縦してアクロバティックなシーンを撮ったのですが、操縦していたのは裕次郎ではなくて私の教官でした。藤沢に飛行場があった頃の話です。

            そんな彼が、その後、アメリカでも飛行機を操縦するようになって、私にこう言いました。

            「鳥塚、日本よりアメリカの方がずっと難しいぞ。」って。

             

            面白いことがありました。

            アメリカで免許を取った後、帰国して日本の免許に書き替えるんですが、その時に「Limitation」という自動車免許で言ったら「免許の限定条件」という欄がありまして、眼鏡等とか書かれるあの部分ですが、そこに日本人パイロットの多くは「Language Problem」と記入されることがあるそうで、つまりは「語学の問題がある」と言うことなのですが、当時、限定条件が付いた免許は日本の航空局が書き替えてくれないと言われていました。

            おかしいですよね。だって日本で免許を取得した人の多くが、アメリカへ行ったら英語でトラブって限定条件が付くんですから、アメリカの免許で限定条件が付くのと同じじゃないですか。

            ところが、アメリカで免許を取得して限定条件が付くと書き替えてくれない。

             

            「おかしな話ですね。」と私が言うと、教官はニヤリと笑って、「それはなあ、日本の連中は自分たちが銀座だと思ってるからだよ。」と言うのです。

             

            「えっ?」と私が不思議そうな顔をすると、

            「だってそうだろう。飛行機の世界ではアメリカが本場なんだ。こちらが本当の銀座なんだよ。よく、田舎へ行くと○○銀座ってところがあるだろう。ああいう所の商店街の連中が、『東京の銀座? 何言ってるんだ、俺たちのところが本当の銀座に決まってるじゃないか。』と言ってたら笑っちゃうだろう。日本のパイロットはその田舎の銀座の連中なんだよ。」

            それが教官の論理でした。

             

            当時の日本の空は、今もそうですが、車社会で言えば路線バスしか走っていないようなもので、タクシーも自家用車も自転車もほとんど走っていない、そういう状況が日本の空の現状でしたが、アメリカはタクシーも自家用車も宅急便のデリバリーも走っているような、そういう空の状態でしたから、当然賑やかなのはアメリカだし、いろいろ工夫しているのもアメリカでした。

            日本のパイロットは英語が下手で、アメリカの管制では相手にされていませんでしたから、例えば日本の航空会社の飛行機が降りてくると、管制官は他の飛行機との間隔をより大きく開けるようなことをしていました。まさしく田舎のバスの運転士さんが首都高に入ってきておろおろするようなものですね。そういうシーンを目の当たりに見て、教官は「田舎の〇○銀座の連中が本場に来ておろおろしている」と言われたのです。

             

            先日、BCPと言うお話をさせていただきましたが、社会に広く公的なサービスを提供することが使命の企業には、世界的常識で言えば当然BCPが備わっているものですが、日本で一番大きな鉄道会社にはそのBCPがありませんでした。計画運休というからには、状況が悪化していく段階をフェーズに分けて、ここで減便、ここで運休、ここで運転再開準備、ここで運転再開30%、ここで50%、ここで完全復旧というようなフェーズごとの手順が定まっているのが「計画運休」でありますが、彼らが言う「計画運休」というのは、前もって運休しますとアナウンスするから計画運休だというだけで、運転再開の手順がきちんと定まっていなかった。今後はもっと詳細にSNSで情報発信しますというような問題ではないのです。これが「計画運休」の後の大混乱を招いた元凶ですが、私が考えるに今や世界的常識のBCPを彼らが知らないはずはないのです。知っていたのにやらなかったのだと思います。その理由は、自分たちのやり方を通したいからでしょう。「俺たちにはこのやり方がある。」と言って、似て非なる緊急時の業務計画と言うオリジナルを作っていたのです。ところがそれが実にお粗末で、見るに堪えないような体たらくというのが翌日の大混乱です。だったら素直に最初からBCPを作ればよいだけの話なんですね。

            ところがそうしないのは自分たちが世界の鉄道のTOPに君臨しているとでも考えているのでしょう。

            そして、そういう考え方が、田舎の銀座の商店会の役員会的発想なのです。

             

            自分たちが一番素晴らしいと考えているガラパゴス的スーパードメスティックカンパニーの発想です。

            鉄道はアメリカにもフランスにもイギリスにもドイツにもある。どこの国でも150年以上いろいろ工夫してやっているのですが、日本はそういうことを知ろうとしていないような気がします。

            業界の展示会へ行って、多少評価されたぐらいで、自分たちが本場の銀座だと思ってしまうところが、世界から見たら滑稽で哀れに映るということを少し考えた方が良いのではないでしょうか。

             

            例えば日本が本場の新幹線ですが、世界的に見たら新幹線と言えば今や中国が本場というのが世界の潮流です。

            日本人なら誰だって新幹線は日本の技術だと思いますが、世界から見たら新幹線と言ったら中国だという時代です。

            東北新幹線が昭和50年代に盛岡まで開通して、その後何年かかって函館まで行きましたか?

            35年を要しているのです。ところがその35年の間に中国ではゼロだった新幹線が1万キロ以上の路線規模になっている。

            日本は50年以上かかってやっと3000キロ行くか行かないかですから。

            中国は技術的にはまだまだな部分はあるかもしれませんが、克服するのは時間の問題でしょう。

            日本人はこういう話は嫌がるでしょうけど、世界から見たら今や新幹線と言えば中国なんです。

            日本の新幹線だって、昭和39年に東海道新幹線ができてから半世紀以上になるのですから、長崎や鳥取や四国や羽越や常磐や北海道の果てまで、あちらこちらに新幹線網が張り巡らされていて、日本に来たら新幹線で全部移動で来て、提供されるサービスも素晴らしいものであるなら「我々は新幹線の国だ。」と言えるかもしれませんが、用地買収やお金や、いろいろな大人の事情で計画した新幹線が何十年経ってもできていないわけですから、そんな国が「新幹線と言えば日本です。」なんてことはいくら言っても信じてもらえないということを、国民も含めて理解していないから、そういう所が田舎だと思うのです。

             

            これは本家の銀座がすっかり廃れてしまって、田舎の銀座が今や隆盛を極めている状況です。

             

            いくら声を大にして、「俺たちの銀座が本当の銀座だ。」と言ったところで、世界からはすでに相手にされなくなりつつある。

            これが、今の日本なんでしょうね。

             

            だから、日本で一番大きな鉄道会社がBCPすらない。

             

            そういうことは誰かが教えてあげないと、ガラパゴス的スーパードメスティックカンパニーの人たちは、多分わからないのです。

            いや、わかってはいるのでしょうけど、素直にわかりましたって言えないんですね。

            スーパードメスティックカンパニーというのは、そういう組織のことを言うのですから。

             

            お客さんも皆さんスーパードメスティックな方々ばかりならばよいのですが、実際には数千万人もの外国人も乗られているわけですから、やはり、そのうち通用しなくなるのが「田舎の銀座」的発想の行く末だと、私は感じます。

            実は、昔は本当の銀座だったんでしょうけど、ふたを開けてみたら廃れた浅草状態と言うのが。本当のところでしょうね。

             

            でも、浅草だって素直になって原点に帰れば、今では銀座をしのぐほどの賑わいですから、要は気付いて行動するかどうかだけの問題なんですけどね。

             

            と言うことで、私は私鉄沿線に居住しております。

            スーパードメスティックカンパニーに左右されるような沿線は、今後土地の値段が下がると見込んでいるからです。

             

            そんなこと言ったって、お前のところの電車だって、この間さんざんな体たらくだったじゃないか。

             

            そうおっしゃられるかもしれませんが、あれほどまでに大きな塩害が発生したのは今までにありませんでしたから、つまりは未知との遭遇だったわけで、こういう経験をどうやって次へ活かしていくか。大切なのはそういう所だと思います。

             

            たとえ塩害で電車が走らなかったとしても、次にはきちん対応してくれる会社だと信じておりますものですから。

            だって、私のお気に入りの私鉄は日本で一番外人が乗っている路線をオペレーションしている会社ですからね。
            と、今夜のひとり言でした。
            2018.11.07 Wednesday

            今昔物語

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              今は昔・・・

              昭和の時代の東京に小学生がおりました。

              日曜日になるとカメラを持って電車の写真を撮りに出かけて、お小遣いはすべて電車の写真を撮ることに使っていました。

               

              荷物電車です。

              茶色い旧型電車。

              京浜東北線の川口駅です。

              昭和47年、小学校6年生のころに撮った1枚です。

               

              実は今日、川口の青木信用金庫の清水理事長さんとお話をさせていただいた時に、理事長さんは品川のご出身で昭和47年に青木信用金庫さんに入社されたとお聞きしまして、「川口は変わりましたね。」というお話になりました。

              「私が会社に入った時は、寂しい感じの駅前だったけど、今はすごくなりました。」と理事長さん。

               

              確か、そのころ川口駅で撮った写真があったなあと思って、帰ってきてHDの中を見たら出てきたのがこの1枚です。

               

              「駅前にビール工場がありましたね。」と私が申し上げると、「そうそう、あのビルが建っているあたりです。」とニコニコ顔でおっしゃられましたが、この写真の右側に貨物が止まっているのがビール工場の出荷線でしょうか。

               

              103系の京浜東北線と485系の特急です。

               

               

              これが今日の同じ場所。

              何となく面影があるような。

               

              写真を拡大してみると、

               

               

              川口駅と書かれた入口の形や跨線橋の窓の配列が一緒ですね。

               

              特急「やまびこ」

              東北新幹線ができる前の上野ー盛岡間の特急列車です。

               

              これが本日です。

              電車の後ろに見えるマンションが同じですね。

              線路の向こうは当時工場の敷地だったようですが、今では緑地になっています。

              当時の川口は鋳物工場をはじめたくさんの工場がありましたが、今ではマンションが立ち並ぶ住宅地へと変貌を遂げています。

               

              かれこれ45年ですか。

              昔知っている場所へ行くのはわくわくしますね。

               

              しょうもないことかもしれませんが、私にとっては楽しい楽しい小さな旅でございます。

               

              本日お世話になりました青木信用金庫の清水理事長様はじめ、川口の皆様、楽しい機会を与えていただきましてありがとうございました。

               

               

              いやはや、それにしても川口はすごい街になっておりますね。(2018年6月撮影)

              2018.11.06 Tuesday

              HM祭り、直前情報

              0

                この週末と来週末の2週にわたって開催されるヘッドマーク祭りの直前情報が「いすみ鉄道社員ブログ」に掲載されました。

                 

                情報発信といい、企画の詰めといい、ずいぶん力が入っていますね。

                 

                企画した本人いわく、

                 

                「鳥塚社長が辞めて、いすみ鉄道は何もしなくなった。結局何もできない会社なんだ。そう思われるのが悔しいですから、自分たちだってきちんとできるんですよ、ということを示したかったんです。」

                 

                いやいや、私がいなくても皆さんきちんとできるようになったから、私は引き際を察して退任したんですよ。

                いつまでも、いすみ鉄道は鳥塚で持っているなんて思われたくありませんでしたから。

                 

                だから、皆さん充分できるんですよ。

                 

                まして、明日は取締役会と株主紹介で新しく選任された古竹新社長が就任するのですから、また、新しい時代が始まるのです。

                 

                キハ52の塗装がかなり傷んできていますから、今月の中旬には塗装費用を皆さんに募るクラウドファンディングも始めますし、達成すれば古竹新社長さんへの大きなプレゼントになるでしょうからね。

                 

                ということで、皆さん、いすみ鉄道社員ブログをぜひご一読ください。

                 

                http://isumiblog.isumirail.com/?day=20181106

                 

                今週末のヘッドマーク祭りにどうぞご期待ください。

                 

                 

                2018.11.05 Monday

                特製駅弁のはなし

                0

                  台湾の列車事故の関係で、台北駅で予定されていました弁当節と呼ばれる駅弁まつりが中止になりました。

                   

                  姉妹鉄道締結をしている日本の鉄道会社10数社が出店を予定していましたが、中止になって大変だったのではないでしょうか。

                  なにしろ駅弁を出展するということは、材料の手配や弁当箱、掛け紙を持ち込まなければなりませんし、現地手配できない材料なども日本から運ばなければなりません。業務用ですから台湾当局の輸入の手配もありますから相当前から準備しているはずですし。

                  そう考えたら、各社とも大変だったんだろうなあと思います。

                  大手は良いとして、小さな会社は特に大変でしょう。

                  で、道南いさり火さんはどうしたのかな。

                  「いかめし」出展で準備していたはずだけど。

                   

                  台湾国鉄の本社に行ったときに聞いてみたんですよ。

                  そうしたら弁当節で販売する予定だった大量の「いかめし」は、すでに台湾に到着していて、通関も終わって輸入された状態になっている。でも、販売できないし、日本に送り返すにもコストがかかる。そこで、道南いさり火鉄道としては、事故の復旧で台湾国鉄の職員の皆様方が徹夜の作業をするなど大変なご苦労をされているので、どうぞ皆さんで召し上がってくださいって言って、そのまま台鉄局に差し上げたそうです。

                   

                  台鉄局に運び込まれた「いかめし」。

                   

                  現場で作業している職員の皆様方に配られた様子。(台鉄局幹部のFacebookページから)

                   

                  苦肉の策とはいえ、道南いさり火さん、ずいぶん粋なことをしたと思います。

                   

                  でも、このニュース、日本国内では一切報道されていませんね。

                  まるで誰かが報道管制を敷いたように。

                  私が道南いさり火鉄道の社長だったら、報道してもらいますけど。

                  大きな事故があったとはいえ、姉妹鉄道という会社と会社ではありますが、国と国との友好でもありますから、こういう時にお互いを思いやって、できることをやるべきだと私は考えます。

                   

                  まあ、大人の事情とか忖度とか、いろいろあるかもしれませんが、そういうことを超越しているのが私のブログですし、ましていい話ですからね。「いかめし」を有効活用されたことを皆さんに知っていただきたいということで本日勝手に書いてみました。

                   

                  閑話休題

                   

                  さてさて、いすみ鉄道の特製駅弁のお話です。

                   

                  今度の10・11日と17・18日に行われる「房総準急運転開始60周年記念ヘッドマーク祭り」ですが、その時に販売される特製駅弁のサンプルの写真が届きました。

                   

                  ▲これです。

                   

                  10・11日の2日間に発売される「房総弁当」 1000円です。

                   

                  掛け紙はこちら。

                   

                  今度の土日だけの特製弁当です。

                   

                  完全予約制。

                   

                   嵋質軆犁浣薪廠始60周年記念 房総弁当」
                  発売日:11月10日、11日(土・日)10時より14時まで(一般販売分は無くなり次第終了)
                  価格:1000円...
                  発売箇所:大原駅・かさや食堂(いすみ市行川)
                  予約締切:11月8日(木)17:00まで
                  予約先:かさや食堂
                  内容コンセプト:豚丼とおかずのボリューム弁当

                   

                  ・ご予約⽅法
                  かさや⾷堂にて電話予約受付を開始しております。
                  電話番号 0470-86-3535 受付営業時間:8:00〜17:00 ⽕曜定休
                  ご予約の際、お受取箇所の指定(⼤原駅⼜はかさや⾷堂)並びに引き取り時刻
                  のご指定をお願いします。(かさや⾷堂:いすみ市⾏川924-1)


                  かさや⾷堂ホームページ:http://kasaya-isumi.com/
                  予約特典:弁当掛け紙を使⽤品のほか、1枚プレゼント

                   

                  弁当掛け紙を1枚プレゼントとは憎いですね。

                   

                  ご希望のお客様はお早めにご予約ください。

                   

                  第2週目17・18日は松屋旅館の特別たこ飯弁当(1200円)になります。

                  こちらは別途ご案内させていただきます。

                   

                  皆様どうぞご期待ください。

                   

                   

                  駅弁はみんなを幸せにするのです。

                   

                  2018.11.04 Sunday

                  PAX NN MAAS

                  0

                    さすがに今日は疲れが出たと見えて朝から熱っぽくぐったり。

                     

                    でも午後からは元気で持ち直し、そろそろ燃料補給のお時間でございます。

                     

                    もし昨日がぐったりなら、飛行機に乗って帰って来るときに大変だったろうなあ。

                    そう考えたら思い出したことがありました。

                     

                    昨日桃園空港でチェックインをした時、荷物を預けて搭乗券をもらって、ゲートへ向かおうとしたのですが、カウンターのお姉さんが「ゲートまでご案内いたしましょうか?」と声をかけてくれたんです。

                    LCCなら「勝手に行け!」でしょうけど、一応フルサービスの香港航空。ましてビジネスクラスのお客様ですから、丁寧なんでしょうね。余程おじいさんにでも見えたのでしょうか。

                    「俺も年取ったんだなあ?」 

                    それとも訳の分からない日本人だと思われたのか。

                     

                    「大丈夫ですよ。自分で行かれますから。」

                    そう言って出国手続きに向かいました。

                     

                     

                    台北からの飛行機が香港に到着した時に、飛行機を降りたところで「MR TORIZUKA」と書かれた紙を持ったお姉さんが待ち構えていました。

                     

                    「私です。」と返事をすると、「乗継のラウンジまでご案内いたします。」との言葉。

                    「大丈夫ですよ、自分で行きますから。転機と書かれたセキュリティーへ行けばいいんでしょう。」

                    彼女は不思議そうな顔をしていましたが、よぼよぼでもフラフラでもない私の姿を見ると、

                    「はい、ではこちらで失礼します。」

                     

                    乗継のラウンジで時間をつぶしていると、お姉さんが近づいてきて、

                    「あなたはMR.TORIZUKAですか?」

                    「はい、そうですけど、どうして私のことを知ってるんですか?」

                    「それはお客様ですから。」

                    「ふ〜ん。」

                    「では、何かございましたらご遠慮なくお声をおかけください。」

                     

                     

                    そして香港から成田行の機内に入りました。

                    ビジネスクラスですから、クルーは基本的に一人一人のお客様を名前で呼びます。

                    「MR TORIZUKA。私は本日担当する○○と申します。何かお手伝いできることがございましたら、何でもおっしゃってください。」

                    「ありがとう。大丈夫ですよ。」

                    「成田へ到着したらゲートにご案内のフタッフを待機させましょうか?」

                    「えっ、いらないですよ。成田のことはわかっていますから。」

                     

                    台北といい香港といい機内といい、ずいぶん丁寧な接客だなあ。

                    と、思ったんですが、待てよと思いまして、さっきのクルーを呼び止めて尋ねました。

                     

                    「もしかして皆さんが持っている乗客リストの私の名前のところにMAASって書かれてる?」

                     

                    すると彼女は「はい」と答えました。

                     

                    MAAS とはすなわちMeet and Assistの略。

                    航空会社はすべてこういう略号で情報をやり取りしています。

                     

                    出発カウンター、機内、乗継とすべてに転送された私のデータに「PAX NN MAAS」と書かれていたのです。

                     

                    PAX NN MAAS とは Passenger need meet and assist のこと。

                    もしかしたら4日前の出発の時に会った成田のケンちゃん(私の後輩)が気を利かせてコメントを入れていたのかもしれません。

                     

                    成田に到着した時にケンちゃんが迎えてくれましたが、うれしいですね。

                    10年も前に辞めた人間を今でも大切にしてくれるんですから。

                     

                    航空会社ってそういう所があるんですが、鉄道会社はどうかなあ。

                    10年経っておじいさんになった私に「お手伝いしましょうか?」って言ってくれるかな。

                    それとも「あんた誰?」かなあ。

                     

                    10年後私が生きているかわかりませんが、その時会社は残っていてほしいな。

                    今度の新社長さんは立派な人のようだから、会社の方はきっと大丈夫でしょう。

                    問題は私の方ですね。

                    そんなことを考えたMAASでした。

                     

                    航空会社乗客リストのメッセージには最近ではSSSS(最大の警戒を要する人物)ってのもあるみたいですから。そして、それはお客様の知らないところで情報がやりとりされていますので皆様どうぞお気を付け下さい。

                    2018.11.03 Saturday

                    香港経由で帰国しました。

                    0

                      ブロイラーな旅。

                       

                      最後の〆はブロイラー直行便です。

                       

                      経由便ですが、経由便だからこそ、ブロイラー的には直行便ということでございます。

                       

                       

                      TPE-HKGはA350。

                      わたくし的には787よりもこの飛行機の方が気に入ってますが、日本の航空会社では乗れないのが難点ですね。

                       

                       

                      ビジネスのお座席は1人1人の独立型。千鳥格子の配置ですが、もう少しデザインの仕方はあったのではないかという感じがします。

                      うまくデザインすればもう少し座席数を増やせたのではという観点からですが。

                       

                       

                      ウエルカムはお水にしました。

                       

                      前回乗った時にも思いましたが、この飛行機は前方の展望ができる機外カメラが面白いところに取り付けられているんです。

                       

                       

                      誘導路から滑走路に入るところ。

                       

                       

                      カメラで見るとこんな感じです。おもしろいですよ。

                       

                       

                       

                      離陸するとメニューが配られましたので、私は豆酥蒸鱈魚をいただきました。

                      飲み物は軽めでシャンパンにします。

                       

                       

                      はい、こちらです。

                      この後、食後にはお茶が出ましたが、1時間20分のフライトでこれだけのサービスは立派ですね。

                      お味も大変よろしゅうございました。

                       

                       

                       

                      香港では乗継時間約2時間。

                      4日前に立ち寄ったのと同じラウンジで、やはりシャンパンをいただきました。

                      台北からの機内食とこのラウンジでおなか一杯状態で成田便に搭乗します。

                       

                       

                       

                       

                      成田便は330。座席は2−2−2のオーソドックスなタイプです。

                      インターネットでチェックインした時に隣が空いている窓側がなかったので、真ん中の列にしましたが、お隣さんは不在でした。

                       

                       

                      ウエルカムはオレンジジュース(写真撮り忘れ)、メニューが配られます。

                      「う〜ん、お腹は一杯だけど何にしようかなあ。」

                       

                       

                      離陸したらまずはドリンクとおつまみ。

                      アメリカの会社なら、このナッツは温めてあるのが出ますが、袋に入ったナッツをポンと渡されるよりも、器に入れてもらうだけで違いますね。

                       

                      左上は素麺。手前はサラダのようですが、確か去年もこれが出た気がします。

                      はっきり言ってNGですが、お腹が満腹だからでしょうか。

                      今回はお食事のお供は赤ワインにしました。

                       

                       

                      メインはこちら。トンポーロー。

                      香港発ですから、お味はそこそこおいしかったですが、食べきれませんでした。

                       

                       

                      最後はコーヒー。

                      フルーツとデザートがありますと言われましたが、さすがにご辞退申し上げましたので写真はありません。

                       

                      1年ぶりに乗りましたが、香港航空、良かったですね。

                       

                      機内は日本語はほとんど通じませんが、香港ベースのクルーでしょうから英語は普通に通じます。

                      もう10年も英語の生活から遠ざかっていますので、そろそろ英語を普通に使う生活も懐かしくなってきています。

                      台湾では日本語で通しちゃってますし、日本の航空会社に乗って行ったらまったく英語を使いません。

                       

                      今度は英語を普通に使う所へ行きたくなってきました。

                       

                      返ってきたばかりですが、次はどこへ行こうかなあと考えております。

                       

                      明日からしばらく、体重計には乗らないことにしましょう。

                       

                       

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